税理士 土田士朗
税理士 土田士朗

 相続時に混乱したり、動揺したりしていると、相続案件を依頼するのには不適切な税理士に依頼して思わぬトラブルに巻き込まれてしまうことがあります。

 税理士と聞くと、どんな税務でもオールラウンドにこなしてくれると思っている人がいるかもしれませんが、決してそんなことはありません。やはり、向き不向き、得手不得手はあります。

 また、そもそも相続税については門外漢という人がいます。

 相続税の案件を、そのような専門ではない税理士に依頼してしまうと、ありえないような処理をされてしまうこともあります。

 実際、私が過去にかかわったケースには、こんな例がありました。

 あるとき、知人の不動産業者に、「土田さん、気になることがあるので、ちょっと見てもらえないか」とその人が懇意にしていた一家の相続税の申告書を見せてもらいました。

 目を通してみると、まず広大地評価が適用されそうな農地があるにもかかわらず、全く検討されていないようでした。

 後ほど詳しく説明するように、広大地評価については、微妙な解釈や判断を迫られることもありますが、このケースでは広大地評価をとれることは誰の目にも明らかでした。しかも、その結果として数千万円も相続税が下がる可能性がありました。

 さらに、驚いたのは、小規模宅地等の特例が間違って使われていたことです。

 小規模宅地等の特例とは、一定の条件を満たした居住、事業用の宅地の評価額を減額する特例です。亡くなった被相続人の財産で、居住や事業に使われていた宅地は、相続人が引き続きそこで暮らしたり事業を行ったりする場合、重要な意味を持つことになります。小規模宅地等の特例は、そのような点に配慮して設けられている相続税の優遇措置なのです。

 申告書では、この小規模宅地等の特例に基づいた処理がなされていたのですが、なんとその対象となっていた土地は農地だったのです。

 そもそも農地の上には何も建てることができませんので、居住用はもちろん事業用の宅地として評価することなど不可能です。つまり、小規模宅地等の特例を適用する余地はありません。これは相続税を扱う税理士であれば、当然、知っておかなければならない知識であり、およそありえないようなミスです。

 結局、その申告書については、広大地評価等を含めて、私が修正したうえで、更生の請求を行いました。

 ちなみに、この税理士は、とある地域の税務署長を務めた後で、税理士になった人でした。依頼した相続人からすれば、元税務署長なのだから、相続税について知らないはずがないと思っていたのかもしれませんが、そんなことはありません。

 税務署でも、それぞれ専門があります。その人の経歴をみると、もっぱら法人ばかりを担当してきたようでした。相続とは全く関係がありません。

 よらば大樹の陰ではありませんが、一般の人々の間では、税務署OBの税理士を、「何しろ税務署で働いていたのだから、その辺の普通の税理士より信頼できるにちがいない」などと、ことさらに重んじる傾向がみられます。

 そのような思い込みが、相続税も当然大丈夫という過信の原因となってしまうのかもしれません(むしろ税務署をやめて、税理士になりたての頃は、一般の税理士よりも実務経験が少ないだけに、全面的に信頼して任せてしまうのは危険かもしれません)。

 そもそも、相続税を納めている人は相続が発生した人のうちの4%程度です。つまり、相続税の案件そのものが、税務全体の中ではごくわずかな数しかないのです。

 そのため、一生の中で一度も相続税の案件を扱ったことがないという税理士も少なくありません。

 そのような税理士が、「今までにやったことはないが、チャレンジしてみるか」と相続税の申告を手がけてみても、どのような結果になるのかは、はなから想像がつきます。

 もちろん、これは相続税に限った話ではありません。売り上げが数百万円、数千万円という規模の小さな会社の法人税業務しか手がけたことがないような税理士が、売り上げが数億単位になるはるかに規模の大きな法人の会計を扱おうとしても、そもそもそれだけのノウハウがないでしょう。

 企業経営者であれば、恐ろしくて、そのようなノウハウも、経験もない税理士には税務申告を依頼しようとしないはずです。

 また、税理士自身も、はなから無理だとわかっているので、「自分にはできません」と拒むはずです。

 しかしながら経験がない税理士は、全く相続税を手がけたことがないのに、安請負するようなケースが多々見られるのです。

 では、いったいなぜ経験もノウハウもないような税理士が、いわば無理をしてでも相続税を扱おうとするような状況がもたらされているのでしょうか。

 まず、相続税の申告業務から得られる報酬は、法人税や所得税の報酬に比べて高額になる傾向があります。

 しかも、今後、「はじめに」で触れたように基礎控除額が大幅に下ることから、いわゆる富裕層だけでなく、誰でも相続税の申告を行うような状況になることが確実視されています。

 つまり、”相続税市場”のパイが大きく膨らんでいくことが予想されているわけです。

 このような高額の報酬、市場の有望性という理由から、経験のない税理士が相続税業務に競って触手を伸ばしてきているのです。

 しかし、相続税は金額が大きいだけに、ミスをすれば、評価額も億単位で変わってくることが珍しくありません。前述した広大地評価の見落としなどはその最たる例といえます。

 評価額が億単位で変わるということは納税額が1000万単位で変わってくるということを意味します。

 相続税には、そのようなミスをした場合の怖さがあるのですが、これまで相続税と縁がなかったような税理士は、果たしてそのことを十分に認識しているのでしょうか。

 長年、相続税の怖さをイヤというほど実感してきたものとして、一抹の不安を覚えずにはいられません。

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