亡くなった後のことを法的に残すなら「遺言書」
遺言書の活用方法は、様々な形で考えられますが、ここでは、都市農家の方々が利用する場合を想定して解説していきましょう。
まず、遺言書を作る際に、第一に考えなければならないのは、守らなければいけない財産、すなわち、第2ステップで分類した本家の自宅や農地等の死守する財産をどのようにすれば次世代に残していけるのかということです。
被相続人が父親であるか母親であるかによって細かな内容は変わってきますが、基本的にそれらの財産を跡継ぎとなる者が単独で所有できるような遺言書を作成することになります。
また、跡継ぎとなる者以外の相続人について遺留分がある場合には、その遺留分を支払うための具体的な方法も遺言書の中で定めておきます(後述の遺留分の事前放棄による対策がとれない場合を想定しています)。
さらに、将来、被相続人となる者が複数人いるような場合、そのいずれが先に亡くなるかによっても、とるべき相続対策の内容は異なってきます。
そこで、たとえば父親が先に亡くなった場合を想定したAプラン、母親が先に亡くなった場合を想定したBプランというように、プランごとに遺言書を作成しておくことも必要となるでしょう。
自筆証書遺言はルールに反すれば無効となる
遺言書については、大きく自筆証書遺言と公正証書遺言の2つのタイプがあるので、どちらを選択すればよいのか迷う人もいるかもしれません。
自筆証書遺言はその名の通り「自筆」で作成するもので、公正証書遺言は公証役場で公証人に公正証書の形式で遺言書を作成してもらうものです。
被相続人の死後、その取り扱いや手続きに関して、両者の間には大きな違いが生じることになります。
まず、自筆証書遺言は、「検認」という手続きを経る必要があります。これは、家庭裁判所で、遺言書の中身を明らかにする手続きです。遺言書の偽造や変造を防止することを目的としたものです。
一方、公正証書遺言についてはこのような手続きは不要となります。
また、自筆証書遺言は、その作成方法について法律で非常に厳格なルールが定められています。そのルールに少しでも反すれば、遺言書の効力は失われてしまうのです。例をあげると、次のような自筆証書遺言は無効です。
・日付が書かれていない。
・署名・押印がない。
・ワープロで作成している。
・間違った箇所に二重線を引いただけで訂正した。
自筆証書遺言には、このようなこまごまとした決まり事が数多くあるのです。それを100%守れるという自信を持てる人は、それほどいないのではないのでしょうか。
遺言書を作成する場合は公正証書遺言にする
また、仮にルールに従って、遺言書を作成することができたとしても、遺言書の内容が他の相続人、たとえば仲の良くない兄弟姉妹にとって不利益なものであれば、自筆証書遺言は、被相続人自身が間違いなく書いたと証明できるわけではないので、「偽造したのではないか」などと不当な言いがかりをつけられるおそれがあります。
一方、公正証書遺言は、公証人が作成してくれるので、自室証書遺言にみられるようなリスクやデメリットはありません。
すなわち、間違った書き方をして遺言書が無効になるおそれはありませんし、中立かつ公正な立場にある公証人が作成しているのですから、他の相続人から偽造等を疑われることもありません。
そのような理由から、私が相続対策をサポートするときには、公正証書遺言にすることを強くお勧めしています。
公正証書遺言の具体的な手続きの仕方について説明しておきましょう。
まず、遺言書は、原則として公証役場に赴くことが必要となりますが、高齢で体力が弱まっていたり、あるいは病気等のため出向くことが難しいような場合には、公証人の出張を求めることができます。
また、遺言者の真意を確保するために、証人二人の立ち会いが求められているので、証人を探して同行させることも必要となります。
遺言者は証人の門前で、公証人に対して遺言の内容を口頭で伝えます。公証人はそれを、遺言書にまとめていきます。
公証人は、裁判官や検察官等の法律事務に携わってきた法律のプロなので、法的に問題と思われるところがあれば、指摘してくれたり、アドバイスしてくれたりします。
できあがった遺言書の原本は公証役場に保管され、正本と謄本が遺言者に交付されます。
作成を依頼する際には、次の資料が最低限、必要となるので準備しておきましょう。
①遺言者本人の印鑑登録証明書
②遺言者と相続人との続柄がわかる戸籍謄本
③財産を相続人以外の人に遺贈する場合には、その人の住民票
④財産の中に不動産がある場合には、その登記事項証明書(登記簿謄本)と、固定資産評価証明書または固定資産税・都市計画税法税通知書中の課税明細書
⑤証人の名前、住所、生年月日および職業をメモしたもの
公正証書遺言の作成費用はさほど高くない
また、作成費用はさほど高くありません。簡単に説明すると、遺言の目的となる財産の価額に対応する形で、次のような基準で手数料が定められています。
財産の相続もしくは遺贈を受ける人ごとにその財産の価額を算出して、それを先に提示した基準にあてはめて、その価額に対応する手数料額を求めます。最後に、それらの手数料額を合算して遺言書全体の手数料を導き出します。
なお、全体の財産が1億円以下のときには、遺言加算として先のように算出された手数料額に1万1000円が加算されるなど、ケース・バイ・ケースで作成費用は異なる可能性があります。
遺言書は水戸黄門の印籠のようなもの
相続対策として遺言書を作成したとしても、それを必ずしも公表するとは限りません。
そもそも、本当に仲の良い家族の場合には、遺言書が不要なことが少なくありません。そのような家族の場合には、兄弟姉妹間でも、「長兄が家業を継ぐのだから、家や土地を相続するのは当たり前」という観念が強く残っていることが多いためです。むしろ遺言書などを作成してしまうと、「私たちを信用していなかったのか!」といらずらに反感を買うことにもなりかねません。
したがって、遺言書が必要となるのは基本的に、相続を巡って何らかの問題が起こる可能性がある場合です。
そのような場合には、遺言書を用意しておいたうえで、相続が発生した後、まずは他の相続人の思惑や意向などを探ることになります。
たとえば、四十九日法要が過ぎた頃に、長兄が他の兄弟姉妹に対して、「ところで、おやじの相続財産をどうしようか。何か考えていることはあるか?」などとそれとなく探りをいれてみます。
それに対して、「いや、お兄ちゃんが家を継ぐのだから、すべて任せるよ」というような返事があれば、あえて遺言書を持ち出す必要はありません。
しかし、そうではなく、兄弟姉妹の中から、「やはり、自分にも本家の土地を分けてもらいたい」などと主張してくるような者が現れたら、そのときに初めて、「税理士さんに聞いたら、親父は遺言書を残していたそうだ」などと前口上を述べて、遺言書を、水戸黄門の印籠のように取り出せばよいのです。
そのような意味では、遺言書は「争続」を防ぐ、いざというときの保険としての役割を果たすものといえます。