多額の金銭が動く相続ビジネスの食い物にされる危険がある
図表2−1をご覧ください。
これは、平成23年の相続税の課税状況に関する報告書の中に掲載されたもので、課税価格を階級別に示して、被相続人の数や納税額、法定相続人の数などを明らかにしたものです。
一番左とその隣の行を見ればおわかりのように、課税価格レベルでも3万を超える人が相続時に1億円を上回る財産を残しています(100億円を超える相続財産を残して無くなった人が8人もいることにも驚かされます)。
このように、相続では莫大な額のマネーが動くのです。お金が動けば、当然のことながら、そこには様々なビジネスの機会、つまりは「相続ビジネス」のチャンスが生まれます。一説によれば、その市場規模は50兆円になるともいわれるほどです。
そのような相続ビジネスのもたらす巨大な果実をわが物にしようと、有象無象の業者が地主を虎視眈々と狙っているのです。
前述のように、家長を失った相続人は、全く何もわからない状態にあって不安な思いにとらわれています。
そのような状況の中で、「こうすれば、相続税が安くなりますよ」と親切げにアドバイスをしてくれる人が現れれば、わらにもすがる思いで頼りたくなるはずです。
相続ビジネスにかかわる業者の中に、相続人のそうした弱みにつけ込んでくる不誠実な者がいることは否定できません。
ことに、農家の人たちには、一般に、純朴で人を疑うことを知らない傾向がみられます。言葉は悪いかもしれませんが、そのような、多額の財産を相続しながら警戒心のない人たちは、不誠実な業者らの目には、まさに”鴨が葱をしょってくる”ように見えるでしょう。
そうした業者のターゲットになってしまうと、最悪の場合、相続した財産をすべて失うほどのトラブルにもなりかねません。
たとえば、2012年7月6日付の西日本新聞では、弁護士が、相続に関する相談を受けた福岡県内の資産家の女性に対し貸金業者を紹介して高金利の借り入れをさせたり、女性の相続した現金約1億6000万円と評価額5億円以上の土地のほとんどを失わせていた事実が発覚したことを伝えています。
この弁護士、他にも詐欺事件を引き起こして起訴されていました。貸金業者は1億円を貸し付けて、女性から8000万円の利子を得ていました。
おそらく、貸金業者は弁護士と共謀して、女性をはじめからだましてその財産を奪うつもりだったのでしょう。このような被害にあわないために、以下では、相続が起こったときに、用心しておきたい業者や、その手口について確認しておきましょう。
建設業者からのアプローチには用心が必要
相続ビジネスの中で地主がまず注意しなければならないのは、建設業者からのアプローチによるトラブルです。
建設業者は、理由や経緯は何であれ、注文さえとれれば確実に利益を得ることができます。
そこで、業者の中には、どうみても入居者が入りそうもない場所であっても、「とりあえず作らせましょう」とばかりに、マンション、アパートを建てることを土地オーナーにしつこく勧めてくる者がいます。
このような業者は、空いている土地をみたら、ひたすら夜討ち朝駆けで飛び込み営業をかけてきます。
朝10時に来たら夜10時まで帰らず、「とりあえず手付けを打ってください」「簡易な測量をさせてください」「契約書にサインを押さないと帰りません」などと言い続ける者もいれば、巧みに相手のふところにとびこんで、ひたすら情に訴えかけようとする者もいます。
私の知っているトラブルの例では、父親が亡くなり母一人、娘一人となった農家の家に、業者の男性営業マンが毎日のように通いつめ、庭仕事や納屋の片付けなどを手伝っているうちに、いつのまにかマンションを一軒建てさせてしまっていたというようなケースがありました。
ちなみに、当初、私は、そのマンションを建てるべきか否かについて、とある金融機関のつてで母子から個人的に相談を受けており、収益面で疑問があったので考えなおした方がよいとアドバイスしていました。
しかし、そんな私の存在を業者側が煙たがって、何らかの”工作”をしたのでしょうか。母子は、いつしか私のもとを訪れなくなりました。
無計画にマンションを建てた後に青ざめる土地オーナー
業者に言われるがままにマンション、アパートを建てている地主の中には、全く収支の観念がない人がいます。
ある確定申告業務だけを契約しているクライアントから、「今年、こんなのを建てたのですよ」と、得意げな様子でマンションを建てたことを打ち明けられたことがあります。
しかし、よくよく話を聞いてみると、建築資金は全額借り入れをしており、入ってきた家賃収入はそのまま元本と利息の返済に消えていくばかりで、手元には全く現金が残らないようでした。
それでも、当人は、「20数年後にローンの返済が終われば、マンションは残るから」と全く気にしていない様子です。
しかし、借り入れのうち元本部分は経費になりません。つまり、家賃収入のうち、少なくとも元本を返済する部分については、「利益」とみなされ税金がかかってくることになります。「所得税はどうするのですか?それから、住民税も支払わなければなりませんよ。でも、納められるだけの現金収入がありませんよね」私がそう言うと、途端にクライアントの顔色がさーっと変わりました。
事前に相談してもらっていれば、無計画にマンションを建てさせるようなことはしなかったのにと思いましたが、建ててしまった後ではもはやどうしようもありません。
このような建築計画は事前に相談をいただいていれば、トラブルは避けられたと思います。
家賃保証の条項は全文をしっかりとチェックする
そもそも、不誠実な建築業者の場合は、顧客の収支など全く気にしてくれません。
業者が考えているのは、その土地に建つ最大限のものを、つまりは、顧客の資力から最大限の建築費が見込めるものを建てさせようということだけです。
たとえば、本来であれば、建築後の税金や返済金などを考えれば、2億円ぐらいのイニシャルコストで建てるのが最も理想的な土地であっても、容積率ギリギリのところ(たとえば4億円の建物)まで建てさせようとします。
このような物件は、もちろん手持ち資金だけでは建てられず、大部分を銀行等からの借り入れでまかないます。
そうなると、仮に運よく「入り=賃料」がよかったとしても、月々の返済額も大きくなります。
この返済が、次第に、ボディーブローのようにじわじわときいてくるはずです。
はじめは満室でも、月日がたてば、空室率も上がってくるかもしれません。そうなれば、毎月の賃料で銀行に借りたお金を返済していくというプランが破綻することになります。
実際、気づいたときには当初の計画では回らなくなっていて、「返済のために家の裏にある農地を売らなければならなくなっていた」などということは珍しくありません。第1章で触れたようにバブル期に建てられたマンション、アパートについてはそのような例が散見できます。
業者は、「とりあえず一軒だけでも建ててください」と嘆願してくるでしょう。
しかし、収益性のない物件は、建ててしまえばもうそれだけでおしまいです。そして、目的を達成した業者は、後は野となれ山となれ、二度と足を運んでくることはありません。
建てる前までは、あれほど熱心に、毎日のように、うやうやしげな笑みを浮かべてやってきていたのに・・・。
また、業者の中には、「ひと月◯万円の賃料収入を30年間保証します」と家賃保証を誇大にアピールする者もいます。「それなら確実に家賃が入ってくるから、安心だ」と思うかもしれません。
しかし、契約書をよくみてみましょう。
ほとんどの場合、小さな文字で目立たないように、「2年ごとに賃料を改定します」「極端な経済的事情の変更によって賃料を見直します」などというように、当初の家賃保証の約束を反故にする内容の条項が記されています。
実際、何十年間も同じ賃料で家賃を保証してくれることばかりに目が行き、契約書をろくろく確認せずに契約してしまう人は少なくありません。
しかし、空室が増えれば、業者側は家賃保証の負担に耐えられなくなります。そうなれば、契約書をたてにして、一方的に保証している賃料の額を下げるよう求めてくるのです。
それに応じないのであれば、家賃保証の契約を解除されるかもしれません。「家賃保証があるから建てたのに!」と抗議しても後の祭りです。
すでに家賃保証のマンション、アパートをお持ちの方は、たまにはその物件の入居状況を確認してください。空室が思ったよりも多い場合には、家賃保証の契約の解除という話が来る前に、その建設業者(管理会社)に対応策を練るように申し出てください。
脱税指南をするコンサルタントには絶対に耳を貸すな
相続ビジネスを手がける業者の中には、半ば脱税指南をするような経営コンサルタントと手を組んでいる者もいます。
たとえば、建築業者の中には、”サービス”の一環としてそうしたコンサルタントを連れてくる者もいます。
紹介されたコンサルタントは、さも自信たっぷりと、「◯◯をすれば、相続税を支払わないですみます」などと税金逃れの手口をアドバイスしてくるでしょうが、絶対に耳を貸してはいけません。後に思わぬトラブルとなります。
相続税の脱税に対して税務当局は、昔から非常に厳格な態度で臨んでいます。
最近も、東京国税局が、日本画家の故平山郁夫氏の妻が、相続財産から現金2億円を除外して申告したとして、遺産隠しを摘発したことが話題になりました。重加算税などを含めた相続税の追徴税額は約1億5000万円といわれていますが、摘発されているのは、このような有名人だけではありません。図表2−2が示すように、申告漏れのペナルティとして重加算税が課されている件数は毎年1000件を超えています。
このように、税務署は、相続税の申告漏れに対して常に目を光らせているのです。
税務のプロが、しょせんは素人にすぎないコンサルタントの手口に欺かれることなど絶対にありません。まず間違いなく、見破られてしまいます。
特に知っておいて欲しいのは、そのようなコンサルタントにかかわること自体が、税務当局に目をつけられることにつながりかねないということです。
コンサルタントが指摘した脱税が1件でも摘発されれば、その他のクライアントに対しても芋づる式に税務調査が入ります。
そうなれば、仮に自身は脱税をしていないとしても、税務署からは、”脱税容疑者”とみなされ厳しい追及を受けることはまず間違いありません。
銀行の遺言信託サービスにも注意が必要となる
銀行の相続ビジネスについても一言触れておきたいと思います。
銀行等が提供している数々の相続関連サービスそのものには、もちろん不当な点や違法なところはありません。
しかし、その中には、相続人の立場になってみたときに、果たして十分な費用対効果があるといえるかどうか疑わしいものが含まれているのも事実です。
地主の方々の中には、信託銀行などから、「ぜひ、当行に遺言書の保管と執行をお任せください」などと勧められたことがある人もいるでしょう。
当然、それらは無料で行ってくれるわけではなく、遺言執行時や遺産整理業務時には、多額の費用を請求されることがあります。
しかし、これらのサービスを、それだけのお金を払って銀行に依頼する意味があるかどうかは、慎重に検討した方がよいでしょう。
そもそも、遺言書の保管や執行を、あえて銀行に任せることにそれほど大きなメリットはありません。
たとえば、公正証書遺言は仮に紛失したとしても、公証役場で簡単に謄本を発行してもらえます。
つまり、遺言書を第三者に保管してもらう必要など全くないのです。
また、遺言書の執行にしても、一般的に、税理士の方が銀行よりはるかに安い費用で行ってくれます。
特に、これまで取引のなかったような銀行がスポット(単発)で遺言書関連のサービスについて話をもちかけてきたような場合には、その費用が不当に高くないか、念のため税理士など他の専門家に依頼した場合の費用と比較するなどしてチェックしてみることをお勧めします。
事前の相続対策で業者にスキを見せないことが重要になる
相続をトラブルなしに円満に行い、先祖代々守ってきた土地を子孫に伝えるためには、ここまでみてきたような相続ビジネスを扱う不誠実な業者などに食い物にされないことや、相続税に不慣れな税理士に誤って依頼しないことが大切となります。
そのためには、いざ相続となった時に慌てないよう、十分な相続対策を事前に行っておくことが不可欠となるでしょう。
具体的に相続対策を進めていくうえでは、次のような3つのステップをふむことをお勧めします(図表2−3参照)。
まず第1ステップは、現状分析です。
ここでは主な作業として、
1−1 財産評価
1−2 相続税の試算(シミュレーション)
1−3 相続人の人間関係の把握
を行うことになります。
第2ステップでは、右の現状分析をもとにして、所有する財産を3つに分類し、イメージ作りを行います。
2−1 死守する財産(自宅・有活地等)
2−2 有効活用要判定財産
2−3 納税用財産(売却予定)
の3つに分類します。
ここでは、「第1ステップで計算された相続税の納税額を支払うためには、どうしなければならないか」というイメージを持つことが重要となります。
第3ステップでは、そのようなイメージを掴んだうえで資産防衛対策を考えます。ここでは、
3−1 財産の分割の視点
3−2 節税の視点
3−3 納税の視点
3−4 税務申告・調査の視点
という4つの視点で具体的に相続対策を行っていきます。
事務所が関与した近年の相続を振り返ってみると、財産評価や相続税の納税のことよりも、相続人の間で財産を分割することがいかに困難であるかを痛切に感じます。その分割をスムーズに行うための対策も重要です。具体的には、正式なルールにのっとった「遺言書」などを準備することがあげられます。